ハートにガツン









それはびっくりするほど誠実な瞬間。



「ごめん。」



心底すまなそうに、言葉を慎重に選んでいるさまは、わたしのハートに迫ってくるものがあった。ばかげた事件だと思ったけれどやっぱりわたしに芽生えたのはそれは紛れもなく恋心で、愕然とした。でも今更どうにもなるはずなくて、わたしは途方にくれる。



* * * 



わたしは終始そわそわしていて、落ち着かない。じっとしてらんない。



だってこんなのちょっと狂ってるから。そう、こともあろうに、わたしは女の子をフっている千石に、ときめいた、それも思いっきり。だってこんなのは反則技だ。千石っていうのはヘラヘラしたお調子者だったはずだ。(つまりわたしのいちばんキライなタイプ)それだっていうのにさっきの千石ときたら、ちょっと顔を苦しそうに歪めて、いつもの元気はどこへやら。(つまりわたしは少し影のある男が好きなのだ)



はあ。と、千石は、女の子の背中を見送ったあとに溜め息をついた。これはどういう意味だろう。(俺って罪だな、、)とか、(もう毎日こうもモテモテだとウザイなあ)とか、色々考えられたけど、まあ、真相は闇の中。



* * *



「まさかに見られちゃうとはなー、まいったなー」



千石は、ごくごく普通のようすで、でもちょっとだけ眉を下げてわたしに話しかけてきた。千石はさり気なくわたしの机に両手をついて、わたしの方へ身を乗り出してくる。



「びっくりしちゃった、千石、案外まじめなんだね。」

「傷ついちゃうなー、俺けっこうまじめなんだってほんと。」

「へー・・、つうか、千石モテるよね」

「や、けっこうこう見えて微妙だし」

「何が不満なの? 理想高すぎじゃん?」

「不満、、ってわけじゃないんだけどね。色々あんの。」



すこしだけ、千石が少し寂しそうな顔をした。だから、再びわたしの胸は締めつけられて。







「でもさっきの千石、テニスやってる時より男前だった、て、思うんだけど」





「は?」

「 !!!!」




咄嗟に口をついて出た言葉は我ながら衝撃的なものであった。


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「あ、まあ気にしないでねー、つうかもうあたし行かなきゃ」



あたしは何を言ってるっていうんだ、一体何を。顔がアツい。はやくはやくここから逃げなきゃそして千石、一瞬で今さっきあたしのいったセリフを忘れておくれ、おねがいよ!

・・・急いで教室のドアに手をかけたが、開かない。







「ちょっとなんなの千石」

「邪魔してんの」

「ドアあかないから手はなしてよ」

「手はなしたら出っちゃうでしょ」

「そりゃね」




千石のわたしの腕を掴む力は凄まじかった。なのに千石ときたらヘラリと笑っているのだ。いやだ。そんなんじゃない。わたしはこんな千石はまるで好きじゃないのだ。こんなのは求めてない。わたしが欲しいのはさっきの、あの、誠意のこもった眼差しだ。そしてきまり悪そうに動くあのくちびるなのだ。千石は全然わかってない。





「悪ふざけも度過ぎるとむかつくんだけど。はなしてよ」

「・・・ひど。」

「もう。急いでるの!」

「嘘つき」




「どうせ急ぐ理由なんて何一つないくせに」

「・・・」

「図星だよね。ただ恥ずかしくて死にそうで逃げたいだけでしょ?は。」

「・・・ちょ、ちょっと、勝手に話すすめないで」







「しかも。さっきの感じからいくと、ポロッと本音でちゃった、って感じだもんね。うれしいなあ〜」

「・・・」

「俺、こういう風に心から褒められるってのは滅多に無いんだよね」


「千石?ちょっといい加減にしてよ」






「そうカリカリしないでよ。俺いま機嫌いいんだからさ。に(イイ男)って言われたおかげでさ。ね?」





千石はそういってわたしの手を、うやうやしく握ってくる。わたしは払うわけにもいかず固まる。わざわざわたしの目線までかがんでわたしの顔をのぞきこんでくる。目を合わせたくない一心で教室の椅子の足に目をやる。




みたいにカワイクて優しい子には俺、弱いから。いつか、今日のお礼になにかサーヴィスさせてよね。」





わたしの耳元で囁く千石。思わず背中にゾクンと悪寒が走った。とはいってもファンの女の子からすれば卒倒しそうなシチュエーションなのだろうが。そしてあいかわらずわたしの身体は固まったままだ。





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「じゃあまたね。」

千石はそれからパッとわたしの腕をはなすとヒラヒラと手をふりながら教室を出ていった。何事も無かったかのように。






ぽつん、と教室にただ1人取り残されたわたしはなんだか滑稽だった。





the end.

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